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中車の宙乗りと團子の十三役早替りが示す、澤瀉屋の 追い求める芸~歌舞伎町大歌舞伎『獨道中五十三驛』初日レポート

2026.5.7

新宿・歌舞伎町のTHEATER MILANO-Zaにて、歌舞伎町大歌舞伎『獨道中五十三驛』が開幕した。「三代猿之助四十八撰」のひとつに数えられる本作において、「岡崎無量寺」では、おさん実は猫の怪を市川中車、「写書東驛路」では十三役の早替りを市川團子がそれぞれ初役にて勤める。また、古典歌舞伎を現代語で読み上げるオリジナル朗読劇「こえかぶ」とのコラボレーションにより、新たな歌舞伎公演としての表現に挑んでいる。

 不思議な魅力を振りまく化け猫の宙乗り 

まずは團子による口上が始まった。本作の初演は199年前の江戸時代であったこと、その後永らく上演が途絶えていたが、1981年に團子の祖父である三世市川猿之助(二世市川猿翁)が復活上演させ、初日の上演時間がなんと7時間超えという大作ながら、その後再演を重ねて今回が13回目の上演であるという背景が述べられた。はつらつとした中にユーモアも織り交ぜた團子の口上により、劇場全体を包んでいた緊張感がほどけて柔らかくなり、作品を楽しみに待つ客席のボルテージも一段階上がったように感じられた。

続いては、声優による朗読で楽しむ歌舞伎「こえかぶ」。この日は置鮎龍太郎が着物に羽織を合わせた和装姿で登場し、まずは京三条大橋より池鯉鮒までの物語が展開された。本作の特徴の一つでもあるのが登場人物の多さ。序幕だけで置鮎は十三役を演じ分けなければならないのだが、そこはさすが声優。この物語の主人公・丹波与八郎、与八郎の父である与惣兵衛、悪党の赤堀親子、与八郎と互いに想い合う重の井姫、百姓の娘・お松と妹のお袖、といった性別も身分も気質も異なる登場人物を次々と声の力で立ち上げていく。この物語の一番の悪党・水右衛門が、与惣兵衛から由留木家の家宝を奪おうとする攻防では、手に汗握る躍動感あふれるやり取りが繰り広げられる。また、八ツ橋村の場面では、貧乏暮らしのカタに女郎屋へ売られることになったお松の、絶望しながらも愛しい民部之助に思いを馳せる切ない気持ちをしっとりと表現した後、妹お袖の呪った恋敵が図らずも自分であることが判明するやいなや一転して取り乱して感情をぶつける激しさを見せるなど、緩急自在な演技で物語を色鮮やかに描き出す。途中、由留木家の家宝を探す与八郎(團子)と重の井姫(笑也)、与八郎の父・与惣兵衛を殺してふたつの家宝を奪った赤堀官太夫、与八郎の家来・奴逸平、江戸へ向かう途中の旅人・弥次郎兵衛と喜多八が舞台上に登場し、家宝のひとつである九重の印を奪い合う様子をだんまり(暗闇の中の探り合いを見せる歌舞伎独自の演出技法)で見せることで、より理解を深めることができた。最終的に九重の印は官太夫が、重の井姫が着ていた十二単は弥次郎兵衛と喜多八の手に渡ってしまうのだが、この十二単は次の二幕目でも登場することになる。

二幕目は、中車の宙乗りが見どころとなる「岡崎無量寺」。近年では単独で上演されることもある、人気の高い場面だ。江戸へ旅するお袖(笑三郎)と民部之助(青虎)が子を連れて無量寺に一夜の宿を求めると、そこには死んだと聞いていたお袖の母・おさん(中車)がいた。再会を喜ぶ親子だったが、おさんは実は化け猫で……という物語だ。お袖は民部之助を慕い、母との思いがけない再会を素直に喜ぶといった愛情深さを持っているが、序幕の「こえかぶ」にて民部之助をめぐって図らずも姉のお松に呪いをかけてしまった様子が語られており、決して清らかではない複雑な人物像を笑三郎が地に足のついた存在感で立ち上げる。お袖姉妹が奪い合った民部之助を、青虎が頼もしさと色気を兼ね備えた魅力で見せて説得力がある。お袖たちと共に無量寺に泊まった在所女・おくら役の喜介の奮闘と、化け猫となった中車のアクロバティックな動きは見ごたえ十分。60歳にして初役で挑む中車の気概が伝わってくる。おくらが弥次郎兵衛と喜多八から安く買い取った重の井姫の十二単を身にまとった化け猫と、それを退治しようとする民部之助の立廻りは、互いのすごみがぶつかり合い緊迫感あふれるものになっている。ラストに見せる化け猫姿の中車による宙乗りは、妖怪の不気味さがありながらも、十二単の美しさや猫らしい愛嬌も相まって、なんとも不思議な魅力を振りまきながら高さ12mという歌舞伎座の宙乗りよりもさらに高いところを悠々と飛び去っていき、客席は拍手喝采で見送った。

 

 十三役の早替りで見せる爽やかな奮闘 

三幕目は再び置鮎による「こえかぶ」で、掛川より箱根大滝までが展開された。序幕では導入ということもあり、十三役を演じ分けながら物語の筋を伝えることに重きが置かれていたが、一転してこの場面では四役の演じ分けで、人物の感情の流れをじっくりと見せる。父の仇討ちのため赤堀親子を探す与八郎は、赤堀水右衛門によって足を鉄砲で打たれてしまう。歩くことが難しくなった与八郎は重の井姫が曳く車に乗り、箱根で足の療養をしている。そこへ現れた水右衛門は、重の井姫に対して自分の女にならなければ与八郎を殺すと迫り、重の井姫は与八郎の命を助けるために水右衛門のところへ行ってしまう。やがて与八郎のもとへ戻って来た重の井姫だが、どこか様子がおかしく……という場面だ。置鮎の情感たっぷりの演技によって、与八郎を想う重の井姫の献身が切なく胸に迫り、重の井姫に裏切られたと思い込んでいた与八郎が真実を知った瞬間の、悲哀と安堵と感謝の入り混じった複雑な心理が、巧みな声の抑揚に乗って心に響いてくる。静かな緊張感に包まれる客席から、固唾をのんで置鮎の語りに集中して引き込まれている様子が伝わってくる。視覚で情報を得ることが格段に多くなった現代において、声優の声による表現力に耳を澄ませながら己の想像力を働かせることは、人間の根源的な感性を呼び覚ます時間でもあると感じられた。声のみの演技で物語の世界を表現する声優の技を、生で堪能できる贅沢なひと時である。

大詰を迎え、再び團子が口上で登場する。ここから先の場面は初演にはなく、團子の祖父・三世猿之助により創作されたことと、團子が十三役の早替りを勤めることが述べられると、客席からは期待と激励の拍手が送られた。大磯、平塚、藤沢、、、と場面が少しずつ日本橋に近づいていく中、團子は目まぐるしく役を替えていく。扮装を替えて登場するたびに客席からは惜しみない拍手が送られた。扮装だけでなく、仕草や声色、顔つきまで役に合わせて切り替える團子の姿からは誠実な一所懸命さが伝わってきて、その爽やかな奮闘ぶりから目が離せない。途中で盗賊の赤星十三郎として市川寿猿(澤瀉屋の最年長で今月96歳を迎える)が茶目っ気たっぷりに登場すると、客席の空気が一気に和み、見事な演技と身のこなしに温かな拍手が沸き起こった。クライマックスでは、与八郎が民部之助と共に水右衛門と対峙し、團子と中車の親子による立ち回りも繰り広げられる。京三条大橋に始まった物語は無事に江戸日本橋までたどり着いて、これにて五十三驛の道中たびは幕となった。

 “ケレン”を取り入れ、歌舞伎の楽しさや華やかさが存分に詰め込まれた本作が、「こえかぶ」とのコラボレーションでより幅広い観客層に受け入れられやすい形での上演となっていることは、澤瀉屋と歌舞伎町大歌舞伎、それぞれの理念を体現しているように感じられた。エンターテイメント性の高い革新的な試みで歌舞伎の新たな可能性を押し広げた三世猿之助の精神を、息子の中車と孫の團子が継承していくことを強く印象付けられると同時に、「コクーン歌舞伎」などで歌舞伎界に一石を投じ続けてきたBunkamuraの変わらぬ姿勢が示された公演でもある。現在まで脈々と受け継がれてきた澤瀉屋の思いが、更なる未来へとつながることに期待するとともに、歌舞伎町大歌舞伎の今後の展開にも注目したい。

※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”です

 

 コラボレーションドリンクと公演オリジナルグッズ 

 
 

劇場内の<Za Bar>では、本作とのコラボレーションドリンク4種が期間限定で販売されている。「南国道中五十三驛」はマンゴーの香り高いさっぱりとした口当たりのジャスミン茶の中にナタデココが入っていて、ちょっとしたデザート感も楽しめる。「道中花吹雪烏龍」は甘みがききながらもクセがなく飲みやすい烏龍茶で、「大歌舞伎花緑茶」は氷の中に閉じ込められた花を目で楽しみながら飲めるキリッと冷えた緑茶がクールダウンにちょうどいい。「綿雲いちご酪」はヨーグルトドリンクの中に苺ソースが入っていて、デザートドリンクとして甘すぎず飲みやすい一品となっている。オリジナルのロゴ入りボトルでお好みに合ったドリンクを楽しみながら、作品世界に思いをめぐらせてほしい。

ロビーで展開される物販コーナーは大きな賑わいを見せていた。歌舞伎座でも人気のお弁当の数々は客席で食べることもできるため、開演前と幕間に買い求める客が列を作っていた。また歌舞伎座でおなじみのおみやげに加え、公演記念グッズは宣伝ビジュアルを使用したクリアファイルや、中車と團子のビジュアルを使用したアクリルコースター、こえかぶ出演者の名前入りの千社札シールと、幅広いファン層が楽しめるラインアップとなっており、眺めるだけでも楽しい気分になるので、ぜひ足を運んでみてほしい。

歌舞伎町大歌舞伎 三代猿之助四十八撰の内
獨道中五十三驛

2026年5月3日(日・祝)~5月26日(火)
お問合せ:Bunkamura 03-3477-3244<10:00~18:00>

公演詳細はこちら

 

舞台写真:細野晋司(Bunkamuraより提供)
文:久田絢子

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